スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

考察:「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」

「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」という作品があまりにも話題であり、そして人気があるのでがんばっていろいろ考えてみました。
主に「妹萌え」とかに関して。  
リアル妹持ちの方とかに読んでもらいたいですね笑 結構書くのに時間かけました汗



「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」というタイトルをまず見たときに考えるのは、十中八九これは「妹モノの作品」であり、またその可愛いという表現から「記号萌え」に直結する内容だろうと予想することです。

これはオタクなら脊髄反射で2秒もかからず考え付くことで、読み終わってその考えが一変する論理展開でもあります。

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』にみるオタクナルシシズム - シロクマの屑籠(汎適所属)

この記事が言うように、一読して『オタクな自意識・オタクな後ろめたさを持った読者を、気持ちの良いナルシシズムの境地へといざなう』ということを真っ先に読者は考え付き、それを意識してしまいます。

そしてこのエントリを見れば、ナルシシズムと呼ばれるもの本質は、自身が移った鏡を利用するのではなく、自身を投影するに値する「鏡の代わりになるもの」とした「キャラクター」を、映し鏡にすることで陶酔できるものだとしています。

なるほど確かにメインヒロインである主人公の実の妹「桐乃」はギャルゲーが大好きで、かつ普段は”一般人を装っている”美少女として描かれていて、そして彼女は本当にオタクっぽい話題で盛り上がる仲間を欲して、かつ薀蓄などを開陳することに快感を覚えるタイプです。しかし、親やクラスメートとのその話題での確執をそれはものすごい勢いで嫌悪し、自分の趣味をひた隠しにし、孤独なオタクライフをすごしているわけです。

確かに、この思考や展開はまさに『オタクの心理や葛藤そのまんま』なわけです。

・オタク扱いされることに怯えている⇒恐怖
・オタク友達が欲しいけれども周りにいない⇒孤独
・オタクの知識を開陳したい、屈折した欲望を満たしたい⇒快感


といったものを感じている人は、物語である『桐乃』の振る舞いや心理を通して親近感を得てることができます。
もちろん!この世の全てのオタクが『桐乃』のような心理や境遇を抱えているわけではありませんが、これらのことはオタクのみならず、誰にでもある欲求なので親近感を少しでも覚える人は少なくない筈です。
なるほど。確かにこの作品のナルシシズムを利用した戦略はうまい。

しかし、私の意見としては、もっと他の要因があると思います。

例えば、「らき☆すた」の泉こなたや同じラノベである「乃木坂春香の秘密」の乃木坂春香はナルシシズム利用という点では『桐乃』と同じ役割を持っていると言えます。
しかし、『桐乃』は読んでるうちに、それらとは確固として違う何かを感じるのです。それはこの作品全体にも言えて、言わば「嫌悪感」にも近い感覚が読んでるうちに浮かんできます。

それは何なのかに気付きたくて原作を何回か読み直しました。そして気付いたことがいくつかあります。

そして私が感じた違和感を紐解くことに関して、そこにはライトノベルというプラットフォームによって支えられた確かな戦略と「小細工」が利いていると私は確信を持って断言します。

まずこの作品、先に例に上げた「乃木坂春香の秘密」と比べて決定的に違う点が一つあります。
(注意:らき☆すたはこの場合ジャンルとニーズ解決の点でして違いすぎるので無視しました☆)

それは、
《主人公がヒロインに対してはまったくもって可愛いらしく思っていない》
点です。

じゃあ何だよこの作品の『タイトル』は! と思う方もいらっしゃるかもしれませんが本当にそうなんです。



一つ広義的な話をさせてください。
それこそ、私にとっての『萌えとは何か?』という話です。ちょっとつまらない話かも。

私にとっての『萌え』とは「自分ルールの一種」です。

これを書くに当たってもういつ読んだか覚えてないブログ記事を思い出しました。最近の記事なんだけど、探したけど出てこない……

良く「俺、実の妹いるから妹萌えとか無理だわ」という台詞を耳にします。
その台詞に対する(一種の)解答が、そのエントリには用意されていました。

覚えている重要な部分だけ抜粋すれば、

『人間の思考は「自分にとってのファンタジー」として物事を記号化するみる力があり、それによってカテゴライズを経たものを「属性」と呼ぶ』

という感じでしょうか。

「相手の人格を無視した属性化」、すなわち「萌えの暴力」と呼ばれる現象は無意識にわれわれオタクの消費に絡み、そして意識的な拡大によって具現化するわけです。

例えば<講談社 堂高しげる著 全日本妹選手権>は読んでて、非常に風刺的だなと感じました。
これは要は、「萌えという記号化がなされた妹といったナニか」を茶化しに茶化しに茶化した作品なワケです。
エロいのに妹だらけでそしてどこか萌えることが「出来ない。」 そんなかゆいところを付く作品であり、当時の「妹キャラだったらなんでもよくね?」みたいな風潮にプギャーしているわけです。

(でも、この「~~だったら何でもよくね?」っていうのが曲者で、それ自体は非常に居心地がいいものなんですよね。 例えばニーソなら何でもいい、眼鏡なら何でもいい、てな感じで。 これ自身は最高のラグジュアリーなわけです。)

脱線する前にちょっともう一つ作品紹介をば。
そう、「妹萌え」や妹が好きな人が個人的に避けては通れないとも言える作品があります。

それこそが<講談社 吉田基己著 恋風>です。



かなり有名な作品で、名前を知っている人も多いと思います。アニメ化もされましたし。

私は原作も大好きなんですが、これを読めば、少なくとも世にいる妹萌えを自負している人は、胸が張り裂けそうな気持ちを感じてしまうはずです。
これほどリアルに「妹との恋愛」というのをテーマにすえて問いかける作品は、私は他にまだ出会ったことがありません。
実際にこれを読んで、それをカテゴライズされた「属性」と割り切れるか、そして背徳感や罪悪感に苛まれるかで、方向性が大きく変わってしまうのです。

(もちろんだがそれがいい!と叫ぶのは簡単ながらもアリな方向性です。要は消費者としての立ち位置の話の一環なので)

ここで何がいいたいかって言うと、属性としてみなされ、「モノのように扱われてきた妹」萌えという名のものは、いつの間にか枠組みを脱して、「シチュエーションを楽しむ」や「関係性や人格としての距離感」や、「キャラクターだけでなくその関係そのものを愛でる」方向へシフトしつつある風潮にあるということです。

これはキャラクターをのべ19人姉妹として用意した「BabyPrincess」に顕著に見られる風潮です。
(参考 Baby Princess 公式HP
もちろんビジュアルや属性設定より、エロい視点で紐解くのはアリもアリアリでしょう。しかし、このメインコンテンツである、ブログを通してリアルタイムに更新される日記情報は、そのキャラクターと共に関係を育て、同じ時間をすごし、「家族の描写」という根源的な幸せ、欲求、救いを「錯覚」させるということに重点を置いたものであることは疑いようもないことです。
これは色物でも、エロ企画でもなく、「家族を主とした企画」なわけです。



話をリアル妹の話に戻しますが、やはりこの現実の人間関係における妹の存在はそんなものから考察するには不可能なわけです。描写も難しい。
たとえば、時に疎ましく感じることもあり、いなくなればいいのに!と思う世の男性もたくさんいると思うんです。しかしながら、やっぱり家族として妹を大切に思う兄の気持ちは確かに存在するはずです。私はかなり年の離れた妹もちなので、その気持ちが痛いほどわかるわけです。

脱線気味の話をまとめると、

・年の近い、そして関係も近い異性だというエロ
・近親であるいという背徳感あるいはタブー
・しかし家族として愛すべき存在


というラインを行ったりきたりするのが世に言う妹モノのオタク文化であり、まぁそこが面白い点なワケです。



そんな中、今回扱う「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」と言う作品は、
《主人公がヒロインに対してはまったくもって可愛いらしく思っていない》点が画期的なわけです。

で  も  !

このヒロイン、ビジュアルと言う点を無視しても「 萌 え る 」んです。

そこでまた、なぜかと考えました。
そこでいくつかの自分なりの答えを見つけました。

それは、これが「ライトノベル(小説)というプラットフォーム」であり、「妹が話のメインを張っていて、主人公じゃない」ことであることです。

前者には「行間」というものが実装されています。もっと具体的に言えば、「ビジュアル化されていない全てのことを想像補完可能」という強みです。

後者は主人公である兄の視点から見えないところで、ヒロインである妹の視点を描くことが出来、かつその視点同士をくっつけたり絡ませたり、時には離したり誘導したりすることが、話に沿って出来るという強みです。

自論で行けば「萌え」は>「自分ルールの一種」であり、そして、主人公の視点によって形成されるその各読者のルールを、時には誘導して操って押さえ込み、無理があるところは「行間」という独自のステップで回避する。
こうすることで共通した流れ、(そして個人で違う補完事項)を作ることが出来、結果として面白さを生むわけです!

非常にうまく出来ていますよね。この作品の成功の秘訣はここにあるんじゃないかなと思います。

ちょっと作品の内容にも触れておきます。
この作品では、妹の桐乃は恐ろしく生々しく描かれています。兄に対する態度、そして趣味バレしても邪険の一点張り。言葉遣いやシカト、そしてゴミを見るかのような視線。

これ以上に妹として生々しい描写が(ライトノベルに?)ありますでしょうか。

ぁ、ツンデレなんだ、と思うかもしれません。

ところがどっこい油断するなよ兄者……ここまでリアルに描写された妹が、

デ レ る わ け な い だろ!

(つまり行間を読めってやつです)



正直萌え要素について前半つらつらと書きなぐった私ですが、なかなか萌え的なものを見つけるのが大変な妹さんです。
しかし、だからこそ、最後の最後、 物語を締め括るあの台詞が読者の頭にスゥーーーーンッ!と入ってくるんです。そう、つぶやくしかないんですあの台詞を。

イラストやタイトルに釣られて買う人も多いと思います。タイトルなげーよっ!と思うわけです。
そして読み終わった後、こう思うはずです。

「なるほどこの作品のタイトルはこれ以外ありえない」

と。

各エピソードも非常にリアルで、非日常的なことは出てきません。突飛じゃないという表現が正しいですかね。

自分の妹がこれだけの窮地に立たされて、果たして救いの手を伸ばせるのか。死ぬほど怖い怒り狂った父親と相対した妹の前に、悠然と立ちふさがれるのか。恋人でも、住んでる町でも、世界でもない、妹を救うために行動を起こせるのか。

主人公の行動は、同じ妹をもつ兄として尊敬の念を感じてしまうんです><
ところどころでない生々しさがこの作品にはあります。オフ会での態度、家族へのオタバレ、口に出せない自分への憐憫と侮蔑。

イタイイタイイタイ。

もちろん、桐乃という妹が兄を本気で嫌ってはいないってことは火を見るよりも明らかなわけですが、そんないままで無視し続けた兄に妹がヲタバレをし、そして協力を仰ぎながらもその実態は「みているだけでいい」っていうのはつまりそれが最終手段に他ならないわけです。

これはちょっと、鳥肌ですよ?

まとめるほどまとめれないんですが、要はライトノベルって売れるのにちゃんと理由とかありそうで難しいねーって話です。
なんという未解決事件。



さてこの話題の一冊を自分なりに紐解いてみたんですがいかがでしょうか。
もちろん読む人が読めば「つまんねー」で終わる作品かもしれませんが、アキバBlogやかーずSPでここまで大々的に紹介され、売れている作品が勉強にならないはずがない。そんな思いでこの文章を書きました。

なんていうかまさに「駄文」エントリでごめんなさい笑

最後まで読んでいただいてありがとうございました。ではではー。



スポンサーサイト

 | HOME | 

プロフィール

Author:Likoko
ラノベとプリンが大好きな人
ニコニコでライトノベル雑談してます


ニコニココミュニティリンク


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ

未分類 (5)
あいさつ (3)
料理 (3)
電撃文庫 (13)
スイーツ (3)
アニメ (8)
GA文庫 (1)
日常 (11)
マンガ (2)
東方 (1)
ゲーム (6)
集英社スーパーダッシュ文庫 (1)
メガミ文庫 (1)
ニュース (44)
ランキング (2)

twitterつぶやき


検索フォーム


RSSリンクの表示


リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。